「球速を上げたい」と考えたとき、多くの投手がまず思い浮かべるのは腕の筋力強化ではないでしょうか。しかし、実際の投球動作は腕だけで完結するものではありません。投球とは、全身を使った運動の連なりであり、その本質を理解するために欠かせない考え方が「運動連鎖(キネティックチェーン)」です。
この記事では、球速アップに直結する投球動作の運動連鎖について、バイオメカニクスの視点から分かりやすく解説していきます。
投球動作は「地面」から始まっている
投球動作のスタート地点は、意外にも腕ではなく地面です。踏み込み脚が地面を押すことで生じる地面反力が、投球動作における最初のエネルギー源となります。
下肢では、股関節・膝関節・足関節が連動して伸展する「トリプルエクステンション」が起こり、身体全体を前方および回旋方向へ加速させます。球速の高い投手ほど、下肢で生み出す力積が大きく、踏み込み脚で強く身体を支えながらエネルギーを上半身へ伝えています。
つまり、下半身は単なる土台ではなく、投球動作を駆動するエンジンと言える存在です。
骨盤と体幹が生み出す回旋エネルギー
下肢で生み出されたエネルギーは、次に骨盤の回旋運動へと移行します。投球では、骨盤が先に回り、その後に体幹(胸郭)が追いかけるように回旋する「時間差」が重要になります。
この骨盤と体幹の回旋差は「セパレーション」と呼ばれ、腹斜筋群や広背筋などに伸張短縮サイクルを生じさせ、回旋速度を一気に高めます。球速の高い投手ほど、この回旋の切り替えが鋭く、エネルギーを失うことなく次の部位へ伝達しています。
体幹は「体をひねる場所」ではなく、エネルギーを増幅し、上肢へ橋渡しする中継点なのです。

肩甲帯はエネルギーの通過点
体幹から上肢へエネルギーを伝える際、重要な役割を果たすのが肩甲帯です。肩甲骨は、上腕骨の高速運動を支えるために、上方回旋・後傾・外旋といった動きを同時に行います。
この肩甲帯の機能が低下すると、体幹からのエネルギーは肩関節で遮断され、結果として球速低下や肩・肘への負担増加につながります。肩甲帯は「よく動き、かつ安定する」という相反する機能を求められる、非常に重要なパーツです。
上肢はエネルギーを「受け取って解放する」
肩関節、肘関節、手関節は、近位から遠位へと順番に加速していきます。これを「プロキシマル・トゥ・ディスタル」の原理と呼びます。
肩の内旋、肘の伸展、手関節の掌屈が時間差で起こることで、各関節の角速度が最大化され、最終的にボールにスピードが伝わります。この局面で上肢に求められるのは、力を生み出すことよりも、それまでに蓄えられたエネルギーを効率よく解放する能力です。
手指が担う最終アウトプット
リリース直前、手指はボールとの唯一の接点となります。ここで新たな力を生むというよりも、全身から伝わったエネルギーを逃さずボールへ移す役割が中心となります。全身の運動連鎖がうまく機能していれば、最小限の力でも高い球速を生み出すことが可能です。

まとめ:球速アップの本質とは
投球動作における運動連鎖とは、
地面 → 下肢 → 骨盤 → 体幹 → 肩甲帯 → 上肢 → 手指
という順序でエネルギーを伝える仕組みです。
球速を上げるために重要なのは、
・どこか一部を鍛えること
・腕を速く振ろうとすること
ではなく、全身が正しいタイミングで連動することです。
運動連鎖を理解することは、球速アップだけでなく、ケガ予防や投球の再現性向上にも直結します。
まずは「腕を振る前に、地面から投げている」という視点を持つこと。
それが、球速向上への第一歩です。
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