ピッチング動作をハイスピードカメラやモーションキャプチャで解析すると、リリース直前に前腕が猛烈なスピードで振り出されている様子が確認できます。このとき計測されるのが「肘伸展最大角速度」です。多くの研究でその値は平均およそ2200°/秒、速球派の投手では2700°/秒以上に達すると報告されています。この数字だけを見ると、「肘を速く伸ばせば球速が上がる」と考えたくなりますが、バイオメカニクスの視点から見ると話はそう単純ではありません。

肘伸展角速度は、ピッチング動作の中で最も末端に近い要素のひとつです。つまりこれは“原因”というより、“結果”に近い指標です。下肢で地面反力を生み、骨盤が回旋し、胸郭がそれに続き、肩関節が内旋を開始する。その一連の運動連鎖が適切な順序とタイミングで進んだとき、最後に現れる現象が前腕の爆発的な加速であり、数値として表れたものが肘伸展最大角速度なのです。

この点を理解するために重要なのが「キネマティックシークエンス」という考え方です。球速の高い投手ほど、骨盤、胸郭、上腕、前腕といった各セグメントの角速度ピークが、時間的にきれいな階段構造を描きます。体幹の回旋がピークを迎え、そこから減速に転じる瞬間に、上腕と前腕が一気に加速する。この“近位から遠位へのエネルギー受け渡し”が成立したとき、肘伸展角速度は自然に高くなります。逆に、体幹が十分に回り切らないまま腕を振り出したり、上半身が同時に動いてしまったりすると、前腕は走らず、角速度も球速も伸びません。

面白いのは肘伸展角速度そのものが高くても、球速が必ずしも最大化されないケースがあることです。これはタイミングの問題です。肘伸展のピークが早すぎると、ボールに力が伝わる前に加速が終わってしまいますし、遅すぎるとリリースに間に合いません。エリート投手では、肘伸展角速度のピークがリリース直前、しかも肩内旋速度の急激な立ち上がりと重なるように配置されています。ここに、単なる「速さ」ではなく「時間構造」が重要である理由があります。

また、肘伸展角速度は肘関節へのストレスとも密接に関係します。前腕が高速で伸びる局面では、肘内側には大きな内反トルクが発生します。無理に肘を伸ばそうとする意識的な動作は、この負荷を増大させ、障害リスクを高める可能性があります。一方で、下肢や体幹主導の運動連鎖が最適化され、結果として肘が「勝手に伸びてしまう」ような投球では、同じ角速度でも力の分散が起こり、比較的安全に高球速を実現できます。

ここから導かれる実践的な結論は明確です。球速を上げるために鍛えるべきなのは、肘そのものではありません。地面反力を効率よく使える下肢、回旋と減速をコントロールできる体幹、そしてそれらの動きを正しい順序でつなぐ神経‐筋制御です。肘伸展最大角速度は、そのすべてがうまく噛み合ったかどうかを教えてくれる“通信簿”のような存在だといえるでしょう。

肘が速いから球が速いのではなく、全身が正しく連動した結果として肘が速くなる。この視点を持つことが、パフォーマンス向上と傷害予防を両立させる、科学的ピッチング指導の出発点なのです。

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