野球の練習現場では、同じドリルを反復しているのに伸びる選手と伸び悩む選手が分かれることがよくあります。その差は才能や努力量だけでなく、「いま何を学習している段階なのか」を踏まえた練習設計がなされているかどうかに大きく左右されます。Fitts & Posnerが提唱した運動学習の三段階モデルは、この点を考えるうえで非常に有効な枠組みです。とくに初心者から中級者にかけて多くの時間を占める認知段階は、その後の伸び方を決定づける重要なフェーズだといえます。

認知段階では、選手は動作そのものよりも「何をすればよいのか」「なぜそうするのか」を理解することに脳の資源を使っています。打撃であれば、バットをどのように構え、いつ振り始め、どこでボールを捉えるのかといった基本的な枠組みを頭の中で組み立てている状態です。この段階の特徴はエラーの多さです。空振りや凡打が続き、本人も動きに確信が持てません。しかし、この不安定さは失敗ではなく、学習が進んでいる証拠だと捉える必要があります。

神経学的に見ると、認知段階では前頭前野や補足運動野の活動が高く、動作が強く意識的に制御されています。つまり「考えながら動いている」状態です。このため、言語教示や視覚的デモンストレーションが非常に効果を発揮します。コーチが動作の目的や順序を言葉で整理し、映像や実演で示すことで、選手は動きの全体像を理解しやすくなります。スロー再生や分解練習が有効なのも、複雑な動作を一度に処理できない認知負荷を下げ、理解を助けるからです。

一方で、認知段階には落とし穴もあります。それは、情報を与えすぎてしまうことです。野球の打撃動作は多関節・高速であり、理論的に説明できる要素は無数に存在します。しかし、この段階の選手に多くの技術ポイントを一度に伝えると、動作はかえって硬くなり、混乱を招きます。重要なのは「いま何を理解すれば前に進めるか」を見極め、最小限のルールに絞ることです。認知段階で形成されたルールは、その後の学習の土台になるため、シンプルで目的に直結したものであるほど望ましいのです。

また、この段階ではフィードバックの質が極めて重要です。結果だけを伝えるのではなく、「なぜその結果になったのか」を理解できるフィードバックが、選手の内部モデルを育てます。ただし、毎回すべてを説明する必要はありません。むしろ、エラーを受け入れ、自分で試行錯誤する余地を残す環境づくりが学習を促進します。失敗が許されない雰囲気では、選手は新しい動きを試せず、学習が停滞してしまいます。

認知段階を適切に経ることで、選手は次の連合段階へと移行します。ここではエラーが減り、動作と結果の結びつきが強化されていきますが、その基盤にあるのは、認知段階で形成された「理解」です。理解が曖昧なまま反復だけを重ねても、安定した技能にはつながりません。逆に、多少遠回りに見えても、最初にしっかりと考え、納得しながら練習した選手ほど、その後の自動化がスムーズに進みます。

野球の練習にFitts & Posnerモデルを適用する意義は、技術を「正解か不正解か」で判断するのではなく、「いまどの段階にいるか」という視点で捉え直せる点にあります。認知段階ではエラーが多く、動きがぎこちないのは自然なことです。その不安定さを許容し、理解を深めるための練習設計ができるかどうかが、選手の長期的な成長を左右します。打撃練習とは単なる反復作業ではなく、脳と身体が新しい秩序を獲得していくプロセスであるという視点を持つことが、現代の野球指導には求められているのです。

関連記事

  • 関連記事
  • おすすめ記事
  • 特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP