打者のスイングスピードはセンスやフォーム以前に、「どれだけ速く回せる身体か」で大枠が決まります。その中心にあるのが除脂肪体重、つまり筋肉量です。もちろん筋肉が多ければ誰でも強打者になれる、という単純な話ではありません。ただ、同じ技術を持つ二人がいたとき、より大きな筋量を“回旋に使える形”で持っている選手ほど、バットは鋭く走ります。ここに科学の面白さがあります。
まず、力‐速度関係の観点です。筋肉は速く縮むほど発揮できる力が落ちる一方、そもそも筋量が大きいほど最大発揮力の天井が上がります。スイングは「速く動かす」競技ですが、速さの土台は結局“力”です。特に重要なのは、回旋のエンジンになる下肢と体幹です。大臀筋や大腿四頭筋が地面反力を生み、骨盤を回す。腹斜筋群と脊柱起立筋が回旋を加速しながら、同時に減速(ブレーキ)も担う。いわゆる「回す筋肉」だけでなく「止める筋肉」が強いほど、回転は鋭くなり、インパクト直前の角速度ピークが高くなります。海外の近年の研究でも、バットスピードが高い選手ほど下肢・体幹のパワー指標(スクワットやジャンプ、回旋系メディシンボール投げ等)との関連が示されやすく、打撃は上半身の器用さだけでは説明しきれないことが繰り返し示唆されています。

次に、バットの慣性モーメントと筋力の話に入ります。ご提示の通り、バットを加速させるにはトルクが必要で、T=I×αという関係が支配的です。ここで重要なのは「Iはバットの重さだけでなく、どこに重さが分布しているかで大きく変わる」という点です。トップ寄りに重心があるバットほどIは増え、同じ角加速度を出すのにより大きいトルクが必要になります。除脂肪体重が大きい打者は、この要求に耐えられる“トルクの余力”を持ちやすい。だからこそ、同じバットでも加速が落ちにくく、少し重い設定やカウンターバランスなどの選択肢が広がります。逆に言えば、筋量が足りない段階で「重いほど飛ぶ」に寄せすぎると、αが落ちてωが稼げず、結果として得をしません。バット選びは道具の問題ではなく、身体のトルク容量とのマッチングの問題だと言えます。
そして三つ目が、運動エネルギーの伝達効率です。打撃は下半身→体幹→上肢→バットへとエネルギーをリレーしていく運動連鎖で、ここで“筋量の価値”は二段階あります。一段階目は単純にエネルギーを生み出せること。KE=1/2×I×ω²の式の通り、角速度が少し上がるだけでエネルギーは二乗で増えます。筋量が増えることでトルクが上がり、結果としてωを押し上げられるなら、打撃のエネルギーは大きく跳ね上がります。二段階目は、そのエネルギーを「逃がさず、遅れず、歪ませず」に伝えられることです。体幹の剛性が低いと、骨盤で作った回転が胸郭や腕へ届く前に散ってしまい、インパクトの直前に“回っているのにバットが走らない”状態が起こります。筋量がある選手は、剛性と減速能力を作りやすく、回転のタイミング差(骨盤→胸郭→腕)が保たれやすい。これは単なる筋力ではなく、神経系の協調で決まる部分も大きく、近年は「筋量×神経制御」の掛け算として打撃を捉える視点が強まっています。
結論として、除脂肪体重はスイングスピードを押し上げる最重要因子の一つです。ただし、筋肉を増やせば自動的に速く振れるわけではなく、「回旋トルク」「減速能力」「体幹剛性」「連鎖のタイミング」という使い方まで含めて成立します。だからこそ打者の身体づくりは、見た目の筋肥大で終わらせず、回す・止める・つなぐを同時に鍛える設計が要になります。スイングは技術で洗練されますが、スピードの上限は身体で決まる。ここを理解すると、トレーニングもバット選びも、狙いが一段クリアになります。
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